チョコレイトの木



 夜中ふいにチョコレイトが食べたくなったので、買いに出たら売り切れだと言う。店のおやじの話すには、つい今しがた立派な身なりの紳士がやって来てみんな買って行ってしまったらしい。俄にその紳士が憎くなってきた私は、店を飛び出した。すると二〇〇メーターも行かないうちにどうやらその紳士を見つけた。大きな革のトランクを提げているので、ははぁ、チョコレイトはあの中に違いないぞ、と思った。私が彼の肩を叩き、「もしもし、あなたチョコレイトをそんなにどうするつもりです」と訊ねると男はいやにそわそわし始め「いや、それはちょっと教えられません。秘密なのです」と、どうあっても答えない。いよいよ辛抱できなくなった私が、「やい、畜生め! なにも全部よこせと言うわけではないんだ。そのうちの一つを売ってくれというのだ! 二〇〇円でも三〇〇円でも払う。私はチョコレイトが食べたいのだ。それともたった一つだってやれないというのか!」と怒鳴ると、その紳士、大層驚いてキャッと一声あげたかと思うと、忽ち空を走って行ってしまった。後にはチョコレイトが一枚落ちていた。

 

  その次の日の昼ごろ、たばこを買いに出たら六つ辻にある桜が一晩で太ったという話を耳にした。「さては」と思った私はチョコレイトを一枚買って六つ辻まで行き、その桜の根元に放ってやると、俄にどうどうと木が鳴り、次に見た時チョコレイトは消えていた。







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